生成AIやLLM(大規模言語モデル)の業務利用が急速に広がる中で、「AI活用のためのデータ整備」への注目が高まっています。総務省の令和7年版情報通信白書によると、生成AIを「積極的に利用している」または「利用予定がある」と回答した日本企業は49.7%に達し、前年度の42.7%から大きく増加したとされています ※1。
一方で、多くの企業ではAIに投入する自社データの整備が後手に回っているのが実情です。AIは与えられたデータからパターンを学習し、推論を行う仕組みであるため、社名の表記ゆれや重複、古い住所や担当者情報がそのまま残ったデータを投入すれば、出力される結果もまた不正確なものになると言われています。どれほど高性能なモデルを選定しても、投入するデータの品質が低ければ、期待した精度は得られないと考えられます。
本記事では、AI・LLMの精度がデータ整備で決まると言われる背景、データ整備に取り組まないことによるリスク、先進企業の動き、そして最初の一歩について解説します。
「AI活用のためのデータ整備」を取り巻く現在地
AI活用のためのデータ整備を取り巻く環境は、ここ数年で大きく変化しています。グローバル調査会社のGartnerは、2026年までに「AI-Readyなデータ」に支えられていないAIプロジェクトの60%が中止されるとの予測を発表しています ※2。同社の調査では、AIに適したデータマネジメントの実践が整っていない、あるいは整っているか確信が持てないと回答した組織が63%にのぼるとされており、データ整備がAI活用の前提条件として認識され始めていることがうかがえます。
変化の要因として、以下の3点が挙げられます。
- 生成AI・LLMの業務利用の一般化
かつてのAI活用は、データサイエンティストが統計モデルを個別に構築する専門的な取り組みでした。現在はLLMの普及により、営業やマーケティングの担当者が自社の顧客データや商談履歴をAIに読み込ませ、要約や提案書作成、優先順位付けを行う場面が増えています。AIに触れる人が増えるほど、投入されるデータの品質が成果を左右する構図が顕在化しています。
- 「モデルの差」から「データの差」への競争軸の移行
高性能なLLMは複数のベンダーから提供されており、モデル自体で差別化することは難しくなりつつあります。弊社ブログの「SaaS is Dead」「SaaS is Weak」を考える記事でも触れている通り、どのLLMもデータを投入しさえすれば業務に必要なアウトプットが可能になった今、企業の競争力はAIそのものではなく「AIに何を読み込ませるか」に移っていると考えられます。
- RAGやエージェント型AIによる自社データ参照の常態化
LLMに自社のデータベースや文書を参照させるRAG(Retrieval-Augmented Generation、検索拡張生成)や、CRMやSFAと連携して自律的にタスクを実行するエージェント型AIの導入が進んでいます。これらの仕組みでは、参照先のデータがそのまま回答や行動の根拠となるため、企業データの正確性・一貫性・鮮度がこれまで以上に直接的にAIの精度に反映されます。
これらの変化が重なることで、データ整備は一部の先進企業の取り組みから、AI活用を志向する多くのB2B企業にとって避けて通れないテーマへと変わりつつあります。
データ整備をせずにAI活用することで生じるリスク・機会損失
データ整備を先送りしたままAI活用を進めることで、企業は以下のようなリスクや機会損失に直面すると考えられます。
- AI出力の精度低下と誤った意思決定
重複した企業レコードや古い情報を含むデータをAIに投入すると、同一企業を別々の見込み顧客として扱ったり、既に取引が終了した企業を優先アカウントとして推薦したりする事態が起こり得ます。弊社ブログのAI活用に高いデータ品質が必要不可欠であることを解説した記事でも述べている通り、AIはデータのパターンを認識して予測を行う仕組みであるため、データ品質が低ければ予測や推薦の精度もそのまま低下します。誤った出力に基づく意思決定は、営業リソースの浪費や機会損失に直結します。
- AIプロジェクトの停滞・中止
PoC(Proof of Concept、概念実証)の段階で「AIの回答が現場の実感と合わない」という評価が下され、プロジェクトが本番化されないまま終了するケースが少なくないと言われています。原因がモデルではなくデータ側にある場合、モデルを乗り換えても状況は改善されません。Gartnerの予測が示す通り、AI-Readyなデータの欠如はプロジェクト中止の主要因のひとつと位置付けられています ※2。
- データ整備コストの雪だるま式の増大
データの不整合は放置するほど累積し、後からまとめて整備する際の工数は指数関数的に増加すると言われています。弊社ブログの基幹システム刷新を阻むデータ整備の問題点に関する記事では、整備に416日を要する場合もあることを紹介しています。AI導入の直前になって初めてデータ整備に着手すると、AIプロジェクト自体の開始が大幅に遅れる可能性があります。
- サイロ化したデータによるAIの視野の限定
部門ごとにCRM、SFA、MA(マーケティングオートメーション)、名刺管理ツールなどにデータが分散していると、AIは一部のデータしか参照できず、企業単位・購買グループ単位での全体像を把握できません。弊社ブログのデータのサイロ化を解消する3つのアプローチを解説した記事でも指摘している通り、クレンジング・名寄せ・MDM(マスターデータマネジメント)を通じた統合がなければ、AIの分析対象そのものが偏ったものになります。
これらのリスクは、短期的には「AIの精度がいまひとつ」という感覚的な評価にとどまりやすいものの、中期的にはAI投資全体の回収を妨げる可能性があると言われています。
AI活用の先進企業はどうデータ整備に動いているか
AI活用に早くから取り組んでいる企業では、モデルの選定と並行して、あるいはそれに先立って、データ整備に投資する動きが観察されています。実名は避け、業界・規模感・取り組み内容を抽象化した形で紹介します。
- 「AI-Readyなデータ」の定義と品質基準の設定
ある大手製造業では、AIに投入する顧客データについて「正確性」「完全性」「一貫性」「最新性」「信頼性」「可用性」の観点から品質基準を定め、基準を満たさないデータはAIの参照対象から除外する運用を採用しています。データ品質を構成するこれらの要素については、弊社ブログのB2Bデータ活用に欠かせない「データ品質」の向上に関する記事で詳しく解説しています。品質基準を明文化することで、AI出力の信頼性を組織として説明できる状態を目指しています。
- 企業マスタを軸にしたデータ統合基盤の構築
あるIT系企業グループでは、複数のSFAや名刺管理ツールに散在していた顧客データを、外部の企業情報データベースをマスタとして名寄せし、企業単位で統合しました。名寄せの基本的な考え方は弊社ブログの名寄せとは何かを解説した記事にまとめている通りです。統合後のデータをLLMやスコアリングモデルに投入することで、購買グループ単位の分析やアカウントごとの優先度付与が可能になったとされています。
- データメンテナンスの自動化と「鮮度」の担保
B2Bの企業データは、社名変更・住所移転・統廃合などにより日々変化します。弊社ブログのダークデータの整備がDXを促進することを解説した記事では、外部データとの連携によりメンテナンスを自動化し、年間で数万時間規模の整備工数を削減した事例を紹介しています。先進企業は、整備を一度きりの作業ではなく、AIに常に鮮度の高いデータを供給し続ける継続的なプロセスとして設計しています。
これらの取り組みに共通するのは、「データ整備はIT部門だけの課題ではなく、AI投資の成否を左右する経営アジェンダである」という認識です。
「データ整備とAI活用」は何から始めるか?
データ整備への取り組みは、大規模なデータ基盤の刷新から始める必要はありません。以下のようなスモールスタートが有効と考えられます。
- 第1ステップ:AIに投入するデータの棚卸し
まずは、AI活用のユースケースで参照するデータがどのシステムに、どのような状態で存在しているかを可視化します。重複率、未入力項目の割合、最終更新日の分布といった簡易的な指標を確認するだけでも、データ品質の現状と整備の優先領域が見えてきます。
- 第2ステップ:ユースケースに紐づく整備範囲の優先付け
すべてのデータを一度に整備しようとすると、投資判断が難しくなります。リードの優先順位付けや既存顧客の分析など、AIの効果が測りやすいユースケースを1つ選び、そのユースケースが参照する顧客・企業データから整備を始めることで、関係者の納得感を得やすくなります。
- 第3ステップ:名寄せ・クレンジングを組み込んだ小さなPoCの実行
選定したユースケースについて、整備前のデータと整備後のデータでAIの出力精度を比較するPoCを実施します。弊社ブログのMDMのPoCが「試してみた」で終わる理由を解説した記事でも述べている通り、評価軸と合否ラインを事前に定義しておくことで、PoCの結果を投資判断につなげることが可能になります。
- 第4ステップ:継続的なメンテナンス体制と外部データの活用
PoCの成果を踏まえ、データの鮮度と正確性を継続的に保つ体制を整備します。自社内の入力だけで鮮度を維持することには限界があるため、外部の企業情報データベースと連携し、社名変更や移転などの変化を自動的に反映する仕組みを検討することが推奨されます。
重要なのは「モデルの選定を待たないこと」です。データ整備はどのLLMを採用する場合でも共通して必要となる基盤であり、着手の遅れはそのままAI活用の遅れに直結すると言われています。
おわりに:AI導入の成果は「データ整備の水準」が決める
本記事のポイントを3点にまとめます。①AI・LLMは投入されたデータからパターンを学習するため、その精度はモデルではなくデータ整備の水準で決まる、②重複・表記ゆれ・鮮度劣化・サイロ化を放置すると、AI出力の精度低下やプロジェクト中止に繋がる、③棚卸しとユースケースの優先付けから小さく始め、名寄せと継続的なメンテナンスでAI-Readyなデータを維持する、という点です。
AI活用のためのデータ整備は、単なる前処理ではなく、B2B企業のAI投資の成否を左右する経営課題です。高性能なモデルが誰にでも利用できる時代においては、自社データの正確性・一貫性・鮮度こそが、AI活用における競争優位の源泉になると考えられます。本記事で示した現状認識・リスク・初動アクションを参考に、まずは自社データの現状を把握することから始めることを推奨します。
弊社の顧客データ統合ソリューション「ユーソナー」は、AI活用の前提となる企業データの整備と統合を支援しております。「LBC」という独自のコード体系により、複数のシステムに散在する顧客情報を企業単位で名寄せし、一元的に管理することが可能です。加えて、独自に収集した日本最大級の企業情報データベースを活用頂くことで、社名変更や移転などの変化を反映した鮮度の高い外部情報を継続的に取得でき、AIやLLMに投入するデータをAI-Readyな状態に保つことに貢献します。
詳細についてはぜひこちらのページから、お気軽にお問い合わせください。
※1: 総務省「令和7年版 情報通信白書」企業におけるAI利用の現状
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r07/html/nd112220.html
※2: Gartner「Lack of AI-Ready Data Puts AI Projects at Risk」(2025年2月26日プレスリリース)
https://www.gartner.com/en/newsroom/press-releases/2025-02-26-lack-of-ai-ready-data-puts-ai-projects-at-risk