近年、SNS型投資詐欺やロマンス詐欺などの被害が広がる中で、偽造した本人確認書類を用いて不正に開設された預貯金口座が、振込先として悪用されていることが課題とされています。こうした背景から見直しが進められているのが、「犯罪収益移転防止法(犯罪による収益の移転防止に関する法律、以下「犯収法」)」における本人確認のルールです。
2025年6月に非対面取引、2026年3月に対面取引に関する施行規則の改正が公布され、いずれも2027年4月1日に施行されます。本人確認書類の「見た目」に頼る確認から、ICチップや電子証明書によって真正性を確かめる確認へ移行することが、今回の改正の柱です。
本記事では、改正犯収法の本人確認について、変更点の全体像、事業者にとってのメリットと課題、対応のプロセスと必要な役割をご紹介します。
改正犯収法の本人確認とは
改正犯収法の本人確認とは、銀行や証券会社、クレジットカード事業者、宅地建物取引業者、士業などの「特定事業者」が取引時確認で用いる本人特定事項の確認方法を、偽変造に強い電子的な方法へ切り替える施行規則改正の総称です。2025年6月24日公布の改正(非対面取引の見直し、およびスマートフォンを用いた方法の新設)と、2026年3月6日公布の改正(対面取引の見直し)から構成されています(警察庁「改正事項に関する資料等」より)。
主な変更点は以下の通りです。
- 非対面における画像送信方式の廃止
本人確認書類の画像と本人の容貌の画像を送信する、いわゆる「ホ方式」は2027年4月1日をもって廃止されます。一方で、ICチップ情報と容貌の画像を組み合わせる方法や、マイナンバーカードの署名用電子証明書を用いる「公的個人認証(JPKI:Japanese Public Key Infrastructure)」は引き続き利用できます。非対面のeKYC(electronic Know Your Customer、オンライン本人確認)は、これらICチップや電子証明書を用いる方法が中心になると考えられます。
- 写しの送付による確認の原則廃止
本人確認書類の写しを送付させ、転送不要郵便を組み合わせる方法は原則として廃止されます。郵送を組み合わせる場合も、住民票の写しなど偽造防止措置が講じられた書類の原本の送付を受けるか、ICチップ情報の送信を受ける方法に限られます。現住所を確認するための補完書類についても、非対面では原本の送付が必要になります。
- 対面でのICチップ読み取りの義務化
窓口などの対面取引でも、マイナンバーカード、運転免許証、在留カード、旅券などICチップ付きの写真付き書類を用いる場合は、ICチップ情報を読み取り、券面情報と照合することが求められます。読み取りには、デジタル庁の「マイナンバーカード対面確認アプリ」や民間のアプリの活用が想定されています。ICチップのない写真付き書類(身体障害者手帳など)については、現行に相当する方法が残されています。
- スマートフォン搭載マイナンバーカードによる方法の新設
スマートフォンに搭載したマイナンバーカード(カード代替電磁的記録)の情報を用いる確認方法が、2025年6月24日の公布日から既に施行されています。ただし、法令上のすべての方法への対応が義務付けられるわけではなく、どの方法を採用するかは事業者の判断に委ねられています。
- 法人取引における確認の厳格化
法人顧客との取引では、実際に取引の任に当たる「代表者等」についても、個人と同様にICチップ読み取りなどの方法が求められます。また、登記事項証明書など法人の本人確認書類を非対面で受け取る場合は原則として原本の送付が必要となり、写しが認められるのは外国法人などに限られます。
なお、施行日より前に適法な方法で取引時確認を完了した顧客について、施行後に改めて確認し直す必要はないとされています(警察庁「令和8年改正犯罪収益移転防止法施行規則に関するQ&A」より)。
改正犯収法の本人確認がもたらすビジネスメリット
改正への対応は規制対応の負担と捉えられがちですが、以下のようなビジネスメリットにも繋がると言われています。
- なりすまし・不正口座開設リスクの低減
ICチップ情報は電子的に真正性を確認できるため、券面の偽造による不正を見抜きやすくなります。不正利用に伴う損失や事後対応のコストを抑えることに繋がります。
- 確認業務の標準化
券面の目視判定は担当者の経験に左右されやすい作業でした。ICチップ情報と券面の照合という共通の手順に置き換えることで、拠点や担当者による品質のばらつきを抑えることが可能です。
- 顧客データの品質向上
氏名、住所、生年月日などをICチップや電子証明書から取得できるため、手入力による誤記や表記ゆれが減ります。正確な顧客データは、継続的な顧客管理やCRM(顧客関係管理)の基盤としても活用できます。
改正犯収法の本人確認における課題
多くのメリットがある一方で、2027年4月の施行に向けては、いくつかの課題が伴います。
- システム改修と機器導入の負担
非対面ではICチップを読み取るアプリの開発や外部ツールの組み込み、対面では窓口端末や営業担当者用の端末の整備が必要になります。申込画面の改修を含め、一定の開発期間と予算の確保が求められます。
- ICチップ非保有者・非対応端末への代替手段
ICチップ付きの書類やNFC(近距離無線通信)対応のスマートフォンを持たない顧客には、原本の郵送などの代替手段を用意する必要があります。手続の手間が増えることで、申込途中の離脱が増える可能性も考えられます。
- 法人顧客の確認業務の複雑化
法人取引では、法人そのものと代表者等の双方を確認する必要があります。書類の原本の取り扱いが増えることに加え、法人の名称や本店所在地の変更を正しく把握し続けることも重要になります。
- 委託先・現場運用の統制
eKYCベンダーや営業代理店に業務を委託している場合、委託先側の手順も改正に合わせて見直す必要があります。読み取り機器の不具合時の扱いなど、例外処理のルールを明文化しておくことが求められます。
改正犯収法の本人確認に対応するプロセス
改正への対応は、以下のプロセスで進めることが効果的とされています。
- 現状の確認方法の棚卸し
店舗、Web、アプリ、郵送、訪問などのチャネル別に、現在どの確認方法を用いているかを整理します。廃止される方法に依存している取引の割合を把握することが出発点です。
- 改正後の確認方法の選定
顧客層やチャネルの特性に応じて、ICチップ読み取り、公的個人認証、スマートフォン搭載マイナンバーカード、原本郵送などを組み合わせます。利便性と不正対策のバランスを考慮して選定することが重要です。
- システム・機器の整備
ツールの選定、アプリへの組み込み、窓口端末の配備、委託先との契約の見直しを進めます。施行日から逆算し、テスト期間を十分に確保することが推奨されます。
- 規程・マニュアル・確認記録の見直し
社内規程、窓口の手順書、例外処理のルールを改訂します。確認記録の記録事項は基本的に変わらないとされていますが、記録の作成手順は新しい確認方法に合わせて点検します。
- 教育と施行後のモニタリング
現場担当者への研修と試行を経て、施行後は確認不備や申込離脱の状況を継続的にモニタリングします。所管行政庁が公表するQ&Aなどの追加情報も定期的に確認します。
改正犯収法の本人確認に対応する上で必要な役割
改正への対応を円滑に進めるためには、以下の役割が必要です。
- AML/CFT統括責任者
AML/CFT(マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策)の責任者として、採用する確認方法やリスク評価の方針を決定します。法令解釈に迷う論点は、弁護士などの専門家と連携して判断します。
- 業務設計担当
事業部門やオペレーション部門の立場から、顧客体験を損なわない申込フローや窓口手順を設計します。代替手段や例外処理も含めた業務全体の流れを整えます。
- システムエンジニア
ICチップ読み取りや電子証明書の検証に関わるシステムの実装と、既存の基幹システムやCRMとの連携を担います。セキュリティと可用性の確保も重要な責務です。
- 顧客データ管理担当
確認方法の変更に伴って取得される顧客データの項目や品質を管理します。個人顧客と法人顧客の情報を一元的に管理し、継続的な顧客管理に活用できる状態を保ちます。
おわりに
本記事のポイントを3点にまとめます。①改正犯収法の本人確認は画像や写しからICチップと電子証明書による確認へ移行する、②2027年4月の施行までに対面・非対面・法人取引の確認フローの見直しが求められる、③チャネル別の棚卸しから着手し顧客データの整備まで一体で進めることが有効、という点です。
改正犯収法の本人確認は、不正口座の開設を防ぎ、取引の信頼性を高めるための大きな転換点です。その対応には、確認方法の選定、システムと運用の整備、そして正確な顧客データの管理が不可欠です。なお、本記事は2026年10月時点の公表情報に基づく一般的な解説です。個別の対応については、所管行政庁が公表する資料や弁護士などの専門家へご確認いただくことを推奨します。
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